みなとみらい調査隊 [第5回] 2004/8/30UP
様々なイベントや新施設誕生などで、常に目が離せないみなとみらい21地区。我ら「みなとみらい調査隊」がその裏側に密着取材します!
[指令] みなとみらいの巨大地下施設に潜入取材せよ! TopPhoto
みなとみらい21地区の地下には、巨大な施設が存在するらしい──そんな噂を聞きつけた好奇心旺盛な調査隊が、横浜市道路局の方々にご協力をいただき、その知られざる地下スペースに潜入! はたしてこの施設、いったいどのような役割を担っているのだろうか…?
[報告]1 みなとみらいの地下には日本最大級の“共同溝”が存在!
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共同溝内の様子。取材日は真夏日だったが、ここは地上の気温を忘れるほど涼しい
JR桜木町駅付近某所。施錠された小さな扉を開け細い階段を下りてゆくと、そこにはさまざまな太さのパイプが無数に入り組み、まるで異次元に迷いこんだかのよう。「ここは"みなとみらい共同溝"といって、このエリアにとても重要な役目を果たしている施設なんですよ」と話すのは、横浜市道路局道路部施設課の久保田さん。「共同溝とは、水道やガス、電気、電話などの配管・配線を個別に埋設するのではなく、それらを地下でこのように共同に収容するための施設をいいます。地下埋設物の工事のために何度も道路を掘り返す必要がないので、安全で快適な交通が確保できる。これは共同溝のもたらす効果のひとつです」。
調査隊's VOICE
Photo-01-2共同溝全体の長さは道路局整備部分5,4km、港湾局整備部分1,4km。長さ、収容物件の多さ、断面の大きさなど、すべてにおいて全国最大規模を誇る。地図を片手に調査隊改め"探検"隊気分の意気込みで果敢に歩み続けるも、取材が終わる頃はすっかりヘトヘトに。しかし「今回はここからここまで歩いたことになりますね」と久保田さんに示された距離は全体のごく一部。あれだけ歩いて、たったそれだけ!?
[報告]2 長い年月をかけて完成した壮大なプロジェクト
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昭和60年2月に撮影された、59年度整備ルートの全景写真。桜木町駅東口方面には建築物が皆無だった時代だ
「共同溝は昭和58年に整備を開始し、平成15年度末に完成しました。実に21年間もの歳月をかけて、総額費用200億の共同溝が誕生したわけです」と同じく施設課の中島さんは言う。「施工は桜木町駅付近から始まり、徐々に今のクイーンズスクエアや横浜美術館のあたりへと拡張してゆきました。平成元年に開催された横浜博覧会の頃には、その一部の使用を開始していたんですよ。熱需要に対応するために開発された、地域冷暖房システムの稼動もこのときでした」。横浜博覧会といえば今から15年も前のこと。地上にまだ、ランドマークタワーもクイーンズスクエアも存在しない時代から、みなとみらいの未来を見据えた壮大なプロジェクトが着々と進行していたというわけだ。
調査隊's VOICE
Photo-02-2横浜博覧会開催以前に桜木町を訪れたとき、まさしくこうした風景が広がっていたことを、写真を見て瞬時に思い出した。十数年前の私の脳裏に擦り込まれた古い記憶は、まさに共同溝の整備風景そのもの。あのとき見た鉄筋は、巨大な共同溝を支える壁となり床となっていることだろう。
[報告]3 共同溝は、みなとみらいを支える縁の下の力持ち
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「動く歩道」下にある管理事務室。ここで共同溝への入退場の管理を行う。左から久保田さん、中島さん
共同溝を歩いていると、カラカラカラ…と金属が転がってゆくような音が時々聞こえる。「ゴミが配管の中を通ってゆく音ですよ。みなとみらい地区でゴミ置き場や清掃車をあまり見かけないのは、廃棄物がビルの投入口からこの集塵管を経て、駅前にあるみなとみらいクリーンセンターへ運ばれているからなんです」と久保田さん。集まった廃棄物はその後、クリーンセンターから焼却工場へ車両輸送されるという。「この地区で見かけないものはほかにもあります。そう、電柱や電線。ケーブル類を全部この共同溝に納めているからなんですね」。
横浜を代表する美しい街、みなとみらい。その街並みの美しさを支えていたのは、文字通り"縁の下"の力持ち・共同溝だったのだ。
調査隊's VOICE
パリで1832年以来建造されてきた下水溝(総延長約1590km!)を利用した共同溝は、世界の共同溝のなかでも最古のものと考えられているそう。マドリードの共同溝は、地盤沈下による配管類の損失や事故を防ぐためにつくられたのだとか。やっぱり景観の美しい街に共同溝は切っても切り離せない?
【Data】
問い合わせ:045-671-3550(横浜市道路局施設課)
URL:http://www.city.yokohama.jp/me/douro/
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